2011年4月20日水曜日

人生は“一点豪華基準”で行こ?

 職業や学校の選択、マンションの購入など、大事なことを決める時の方法には一般的な“総合評価方式”ともう1つ、“一点豪華基準方式”とでも言える方法があります。

 総合評価方式とは、A商品は「高いけど好きなデザイン、でもちょっと使いにくそう」、B商品は「安いけどダサい。だけど使いやすそう」という時、下記のようにそれぞれの基準について個々の選択肢を評価し、最後に総合的な判断を考える方法です。

?値段→Bの勝ち
?デザイン→Aの勝ち
?使い勝手→Bの勝ち

 こうして分析すると、要素別の多数決で「Bを購入しよう」という結論になるわけです。

 しかし、この方法には問題が2つあります。高度に複雑な比較検討?選択が求められる場合、「最も凡庸で、取り柄のない選択肢が選ばれてしまうこと」と「比較作業が複雑になりすぎて、決められなくなること」です。

 例えば、マンションを選ぶ例で考えてみましょう。

?Aは使いやすい間取りで、デザインも好み。しかし、価格はかなり高く、駅から20分以上かかる
?Bは駅前にあり、1階がコンビニで立地と利便性の面では最高。ただし、日当たりが悪いし、価格も相当高い
?Cは駅から10分くらい。ごく普通の間取り。そこそこ日当たりもよい。価格はごく平均的
?Dは駅からバスで15分。かなり古い物件。ただし窓の外が緑化公園ですばらしい景色。価格も格安

 こういった場合、総合評価方式では“特に悪いところのない”Cが選ばれがちです。しかし、Cには何ひとつ「この物件のココがすごい!」という点がありません。こういう物件を選ぶと、後から「なぜ自分はこれを選んだんだっけ?」という疑問と後悔が出てきます。

 もちろん、ほかの物件でも買った後に不満は出てくるでしょう。しかし、ほかの物件であれば、「でもやっぱりこの立地は捨てがたい」とか「こんな素敵なデザインのマンションはほかにはないよ」と思えます。

 一点豪華基準で選ぶ場合、Cは最初に選択肢から排除されます。その後、A、B、Dから1つを選ぶために、「自分にとって大事なのは、デザイン、利便性、自然環境のどれだろう?」という点を突き詰めて考える必要が出てきます。こうすると、「自分にとって最も大事な選択基準」が明確になるため、後悔しない選択ができるというわけです。

●1点以外は考えられる限りの悪条件を想定

 総合評価方式のもう1つの問題は、「基準が多すぎると、わけが分からなくなって選べなくなる」ことです。

 大事なものを選ぶ時には、比較基準がやたらと多くなりがちですが、その基準が10個を超えると、比較しようにも複雑すぎて分からなくなってしまいます。そんな場合、それぞれの基準を数値化してExcelに入力し、平均をとって決めようなどと考える人もいますが、これでは大事な人生の判断が単なる“数字遊び”に終わってしまう可能性があります。

 実はこういった比較基準の多い複雑な判断が求められる時こそ、一点豪華基準方式の出番です。この方式で考える時には、自分が大事だと思う1つの基準以外については、考えうる限りの悪条件を想定するのです。そして、そんな悪条件が揃ったとしても、「ただ、ある1点だけ満足できる状態であれば、自分はこれを選びたいか?」と考えます。それにより、自分にとっての“一点豪華”がどの基準なのかが明確になります。

 就職する会社を選ぶ例で考えてみましょう。「自分にとっては給料が高いことが最も大事だ!」という人なら、それ以外の条件にはトコトン目をつぶる。これが一点豪華基準主義です。そして、自分に問うのです。「自分は、たとえその仕事が……

?毎日残業が続き、休日出勤が頻繁であっても、
?合コンでまったくモテないような地味な仕事であっても、
?体力的に精神的に極めてつらい仕事であっても、
?一緒に働く人が耐えられないほどひどい性格であっても、
?給料が月100万円なら、俺はこの仕事を続けられるだろうか?

 また、「自分にとって給料はどうでもいい。仕事が面白ければそれでいいのだ!」というなら、上記の一部項目を、

?給料が月17万円で、10年経っても25万円程度にしかならない
?ただし、仕事内容は非常に面白い

 と入れ替えて考えてみればいいでしょう。

 また、「自分は趣味のバンド活動に使える時間さえ確保できれば満足だ」というなら、「労働時間は9時?17時で残業はゼロ。夕方以降の時間は毎日自由に使える。ただし、非常に退屈な仕事で給料も低い。それでも自分はバンド活動ができれば幸せか?」と考えればいいですよね。

●今は一点豪華基準で選びやすくなった

 今は昔より一点豪華基準で選ぶことがたやすくなりました。昔は、大事なことは自分だけではなく、親の意見や家族の事情も踏まえて決める必要がありました。例えば、「長男だから東京に出て行くのはだめ」と言われれば、その場合の一点豪華基準は「地元の仕事であること」となってしまいます。親が大事と思う基準と自分がそう思う基準が、相反する場合も多かったでしょう。

 でも、今は「長男なんて関係ない。俺様基準で生きさせていただきます」という子も、「自分で考えて好きな道を選べばよい」と言ってくれる親も増えています。また、「欲張りません。僕の欲しいのはコレだけだから」と割り切れる人も多く、「選ぶとは捨てることだ」ということも理解されてきたように思います。

 そして、実際に一点豪華基準で働き方を決める人も増えているでしょう。例えば、「フリーのプログラマーです」とか「独立して自営業を始めました」という人がそれを選んだ基準は“自由度の高さ”という一点なのではないでしょうか。

 もし、「安定性も気になる」「給料も一定以上でないと……」「世間体が……」などと言い出したら、なかなかそういう働き方は選べません。一方、「とにかく縛られたくない、あーしろ、こーしろと言われたくない。服装まで指示されるなんてまっぴら」というように、「誰からも指示されない」という点のみを基準にすれば、独立はごく自然な選択となります。

 もちろん、新卒の時には「自分にとって何がどれくらい大事か」が分からない場合もあるでしょう。でも、一度就職して、働き始めると「自分はこれだけは譲れない、(もしくは)耐えられない」ということが一気に明確になる人もいます。就職して数年以内で辞めることを否定的に言う人もいるようですが、“自分にとっての一点豪華基準”が理解できたということであれば、それは決して悪いことではないでしょう。

●一点豪華基準は“生き方の多様化”につながる

 さらに突き詰めていけば、一点豪華基準で判断をすることは、“生き方の多様化”につながります。「あなたにとって、仕事を選ぶ際に大事な基準を10個挙げてください」と尋ねると、恐らくみんな同じような10個の基準を選ぶでしょう。

 しかし、「あなたにとって最も大事な基準を1つだけ選んでください」と尋ねると、10人が同じ基準を選ぶことはないはずです。それぞれの人がバラバラの“自分にとっての一番”を挙げることになります。そうすると全体としては多様な基準に基づいて、つまりバラバラの基準で生きる人たちが出てきます。

 ひいてはそれが、“社会の多様性”“選択肢の多様性”“価値観の多様性”につながります。そして、私たちはそういう多様な選択肢がある社会こそを“豊かな社会”とか“成熟した社会”であると感じ始めているのではないでしょうか。

 というわけで、「自分にとっての一点豪華基準」を見つけましょう。そして、「ほかの人とは違っていても、自分としてはとても満足できる」という生き方を見つけていきたいものです。

 そんじゃーね。

※本記事は、「Chikirinの日記」において、2008年10月1日に掲載されたエントリーを再構成したコラムです。

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引用元:RMT